2018年 08月 28日
本は心の要 |
専門医試験が済んで、医学以外の本をじっくり読む余裕が出てきました。
小説や新書などは、ちょこちょこ読んでいたのですが、
しっかりと腰を落ち着けて読む本は、十年ぶりくらいか。
最近は、この2冊。どちらも大分前に買ってあったもの。
(左)山川出版社「詳説世界史研究」
ヨーロッパで暮らすようになって、
世界史をもう一度ちゃんと勉強し直したいと思っていた。
受験のためじゃないから、年号なんか覚える必要は全くなくて、
純粋に歴史の流れを追っていけるのは、とても楽しい。
(右)スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 「戦争は女の顔をしていない」
↑こちらの記事を読んで、興味をひかれて買ったもの。
(私も「ノーベル文学賞」と言われても飛びつけない性質。)
私はもともと本の虫で、本を読むのも、もの凄く速いのだけれど、
この本ばかりは、ゆっくりゆっくり、行きつ戻りつ、
一字一句を噛みしめながら読んだ。
一言一言に、そういう重さがある。
戦争に関する記録は色々読んできたけれど、この本は更なる別世界だった。
数多の女性が、色々なエピソードを語る。その圧倒的な量があるから、読み手の誰にも、「これは知らなかった」「そう言えばそういう視点もあるか」という新しい気付きがあるのではないかと思う。
私にとっての気付きは、例えば・・・
・日本では沖縄を除き、受けた攻撃は基本的に空襲。人と人とが顔を見合わせてぶつかる地上戦は全くの別世界。看護兵は、戦が終わるまで待っていたら皆失血死してしまうので、戦の最中に銃弾が飛び交う中、負傷兵を集めて回る。一刻を争って包帯を巻いて止血する。十代の女の子が、大の男を、武器ごと担いで収容する。鼠経ヘルニアを起こしてしまう看護兵も多かった。前線にも料理人がいてパンを焼き、洗濯人(?)が湯を沸かして洗濯をする。
・私にとって、戦争というのはどの国もが「お国のために」で五十歩百歩と思っていたけれど、その「お国のために」の意味が違う。ソ連人はドイツ人が侵略してきたから、土地を守る意味で戦った。自分の家に侵入してきた者だから、戦った。あんた達が侵入してきたから悪い、という、非常に明快な理由。
・大地への愛が違う。終戦後、故郷に戻って、文字通り大地にキスする。負傷したドイツ兵が痛みの余り土に爪を立てると、「手をどけろ。それは我々の大地だ」と言う。それは現代日本人の「国を愛する」感覚とは随分違う気がするけれど、どうだろうか。(それとも戦争の直後は誰もがそうなるのだろうか?)
・ソ連は終戦後も共産国で、言論の自由は抑圧されていた。だから美化された英雄の物語だけが出回っていて、この本のような内容はそれまでなかった。こういう女性による裏話しは、語らせてもらえなかった。
・終戦後も工兵だけは終戦にならず、地雷の片付けを続け、地雷の爆発で終戦後に「戦死」する工兵もいた。
等々。
* * *
こういう歴史とか文学とか、読んで気付く、視野が広がるというのは、
人としてとても大事だなと感じました。
「人それぞれ」の、他人の立場や背景を知る。
他人の気持ちの土台がわかれば、自分と異なる意見でも尊重しやすくなる。
医者として、移民の国民性の違いにぶつかる事もあるし、
誰かに八つ当たりされても、その土台がわかると受け流せるようになる。
なかなか時間がないけれど、それでも時間を作って、読み続けなければ。
夜、家族が寝静まると、
ついついインターネットでずるずると時間を過ごしてしまうのですが、
最近は、意識的に
「用が済んだらコンピューターを消して、本を開く」事にしています。2年程前に日本の大学の同窓会誌に寄稿した文より:
「人文社会科学の軽視(*)」に書かれていたように、現政府の人文系への圧力がひどいものになってきています。樋口陽一と小林節の対談「『憲法改正』の真実」で、自民党「日本国憲法改正草案」前文に「我々は・・・活力ある経済活動を通じて国を成長させる」と記載されている事が指摘されています。経済成長が国是になる。樋口氏は「この人文系不要論は、経済優先主義、役に立たないものは要らない、という話なんですね。『税金を使って役に立たないことをしては納税者に対して申しわけない』という論法です」と述べておられます。「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。」という第百二条まで御丁寧につけてあり、「個人」としてではなく「人」としての尊重しか得られなくなり、経済成長を国是としたこの草案が通って憲法になったら、日本は一体どんな世の中になるのか。
「人文社会科学の軽視(*)」に書かれていたように、現政府の人文系への圧力がひどいものになってきています。樋口陽一と小林節の対談「『憲法改正』の真実」で、自民党「日本国憲法改正草案」前文に「我々は・・・活力ある経済活動を通じて国を成長させる」と記載されている事が指摘されています。経済成長が国是になる。樋口氏は「この人文系不要論は、経済優先主義、役に立たないものは要らない、という話なんですね。『税金を使って役に立たないことをしては納税者に対して申しわけない』という論法です」と述べておられます。「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。」という第百二条まで御丁寧につけてあり、「個人」としてではなく「人」としての尊重しか得られなくなり、経済成長を国是としたこの草案が通って憲法になったら、日本は一体どんな世の中になるのか。
私自身は人文学部卒業後、暫く紆余曲折があった後にドイツに医学留学し、今はドイツで医師として働いております。最近になって、自分の人文学部卒という経歴が「今の私を作った不可欠なもの」として愛しくなり、それまで全く使っていなかった「B. A. (Bachelor of Arts)」というタイトルも使うようになりました。「Dr. med.」ではなく、「B. A.」の医師。それが私らしさだと思います。経済成長に役立とうが役立たまいが、文学は今も私の心の要なのだ。それが赦される国であり続けて欲しい。
(*注:その前の同窓会誌に載っていた記事のタイトル)
↑こちらが新版。
↑長坂道子さんによると、日本語訳も素晴らしいとのこと。
↑当時頂いた本。今は更にきな臭くなってきた。
by germanmed
| 2018-08-28 06:44
| 本の虫
|
Comments(18)
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fusk-en25 at 2018-08-28 08:01
私は今堀田善衛の「歴史」を読み返しています。
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m
at 2018-08-28 09:34
x
私も日本の歴史のこと何もわからないので、
なんかいい本を探しているところでした。
住んでいる所の歴史を知りたくなりますね。
今年で蝦夷地から北海道と命名されて150年ですから、
北海道の事も知りたいなぁと思っています。
ゆっくりと読書できるといいですね!
なんかいい本を探しているところでした。
住んでいる所の歴史を知りたくなりますね。
今年で蝦夷地から北海道と命名されて150年ですから、
北海道の事も知りたいなぁと思っています。
ゆっくりと読書できるといいですね!
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かなぶん
at 2018-08-28 15:22
x
人文系不要、研究経費削減、アカデミズムの締め付け、
ポスドクの状況を周囲から聞く度に 心配です
樋口氏と小林先生の対談出版後も、益々方向が怪しい
「戦争は女の顔をしていない」は、くま先生のご指摘が
とても興味深いです~ 読んでみたいと思います
ポスドクの状況を周囲から聞く度に 心配です
樋口氏と小林先生の対談出版後も、益々方向が怪しい
「戦争は女の顔をしていない」は、くま先生のご指摘が
とても興味深いです~ 読んでみたいと思います
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germanmed at 2018-08-29 03:48
> fuskさん、こんにちは。
いいなー。堀田善衛は凄く読みたい作家です!
実家に揃っていたのですが、読み損なったままドイツに来てしまいました。
いいなー。堀田善衛は凄く読みたい作家です!
実家に揃っていたのですが、読み損なったままドイツに来てしまいました。
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germanmed at 2018-08-29 03:51
> mさん、こんにちは。
このシリーズで「詳細日本史研究」もあって、両方持っています♪
アイヌの歴史も凄そう。
このシリーズで「詳細日本史研究」もあって、両方持っています♪
アイヌの歴史も凄そう。
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germanmed at 2018-08-29 03:53
> かなぶんさん、こんにちは。
今回久しぶりにきちんと読書して、人文系の大切さを改めて実感しました。
医者も、医学知識だけじゃなくて、心を養う事も大事だなあ、と。
今回久しぶりにきちんと読書して、人文系の大切さを改めて実感しました。
医者も、医学知識だけじゃなくて、心を養う事も大事だなあ、と。
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ひかり
at 2018-08-29 08:45
x
相手の背景を知る、という事が、相手を理解する一歩に
なる、という意味で、歴史を学ぶのは、大事なのですねえ。
これからどんどん日本もグローバル化していくでしょうから、
そういうところも気にしていかないとな…
確かに、「お国のため」の感覚、違うのだろうな、
と私も思います。実体のある土地、汗水流して手に入れた
土地、肥沃にしていったこの手の中の土。わが祖国。
それに対して、実体のない、「美しい」とかふわふわ
した言葉でくるめられている国。 愛着度は絶対違う。
…そういう意味でこの国はとても弱いし、今の効率化
一辺倒が危なく、脆くしているんじゃないかとも
思います。
深く思考し、感性を磨き、知識を深め、周りに愛を
与える… 人として大事なものを身に着けたいなあ。
子どものためにも。
「わが国」
なる、という意味で、歴史を学ぶのは、大事なのですねえ。
これからどんどん日本もグローバル化していくでしょうから、
そういうところも気にしていかないとな…
確かに、「お国のため」の感覚、違うのだろうな、
と私も思います。実体のある土地、汗水流して手に入れた
土地、肥沃にしていったこの手の中の土。わが祖国。
それに対して、実体のない、「美しい」とかふわふわ
した言葉でくるめられている国。 愛着度は絶対違う。
…そういう意味でこの国はとても弱いし、今の効率化
一辺倒が危なく、脆くしているんじゃないかとも
思います。
深く思考し、感性を磨き、知識を深め、周りに愛を
与える… 人として大事なものを身に着けたいなあ。
子どものためにも。
「わが国」
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なつみ
at 2018-08-29 19:33
x
くまさま
こんにちは!
ご紹介頂いた本、両方とも読んでみたいです。
学生時代、世界史は好きな科目でしたが、
教科書には不服がありまして、、、。
突然ルネッサンス開花したり、
戦争始まったり、ぶつ切り感、満載だった
記憶が、、、。
改めて私も歴史勉強したいです。
こんにちは!
ご紹介頂いた本、両方とも読んでみたいです。
学生時代、世界史は好きな科目でしたが、
教科書には不服がありまして、、、。
突然ルネッサンス開花したり、
戦争始まったり、ぶつ切り感、満載だった
記憶が、、、。
改めて私も歴史勉強したいです。
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papricagigi at 2018-08-29 23:00
良いお話、本の紹介、ありがとうございます。早速チェックしてみます!試験のために学ぶ歴史は、ほんっとうに面白くなくて苦手教科だったのですが、今に至るまでの大きな流れをとらえてみたいという好奇心はあります。世界史も日本史も読んでみたいです。
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かなぶん
at 2018-08-30 03:07
x
今月16日のくま先生の記事に関連かしら
ドイツと日本の女性医師の記事を今Yahooで見ました
タイトルを添付致しますね~
女性医師は「迷惑な存在」なのか?女性医師率45%
ドイツのキレイゴトではない妥協
私の入院経験(担当 独・女性医師)で感じた事とは
少々異なりますが....
ドイツと日本の女性医師の記事を今Yahooで見ました
タイトルを添付致しますね~
女性医師は「迷惑な存在」なのか?女性医師率45%
ドイツのキレイゴトではない妥協
私の入院経験(担当 独・女性医師)で感じた事とは
少々異なりますが....
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germanmed at 2018-08-30 05:17
> ひかりさん、こんにちは。
そもそも現代のコンクリートジャングルでは、土への想いなんて湧いてこないわよね。
ドイツ医師会の会誌って、結構頻繁に歴史的な考察の記事があるんです。ナチ時代の医師の悪事を掘り起こすのは勿論だけれど、昔の芸術家の持病や死因などの研究なんかが、最新医療情報と並んで載っている。面白いなあと思います。
そもそも現代のコンクリートジャングルでは、土への想いなんて湧いてこないわよね。
ドイツ医師会の会誌って、結構頻繁に歴史的な考察の記事があるんです。ナチ時代の医師の悪事を掘り起こすのは勿論だけれど、昔の芸術家の持病や死因などの研究なんかが、最新医療情報と並んで載っている。面白いなあと思います。
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germanmed at 2018-08-30 05:20
> なつみさん、こんにちは。
ぶつ切り感満載、というの、凄く同感です!
この詳細世界史研究は、えー?こんな事まで載っているの?というのが囲みで書いてあったりして面白いのと、外国名の多くがアルファベット表記も並べてあるのが凄く有難いです。
ぶつ切り感満載、というの、凄く同感です!
この詳細世界史研究は、えー?こんな事まで載っているの?というのが囲みで書いてあったりして面白いのと、外国名の多くがアルファベット表記も並べてあるのが凄く有難いです。
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by
germanmed at 2018-08-30 05:22
> papricaさん、こんにちは。
うふふ、皆さん同じですねー。
私も教科書からぶっ飛んで語ってくれる先生の世界史は大好きでしたが、受験のための授業の世界史は大嫌いでした。
うふふ、皆さん同じですねー。
私も教科書からぶっ飛んで語ってくれる先生の世界史は大好きでしたが、受験のための授業の世界史は大嫌いでした。
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by
germanmed at 2018-08-30 05:23
> かなぶんさん、こんにちは。
こちら、私も読みました!
私の意見と彼女の意見とかなぶんさんの体験、かなぶんさんは、どんな風に感じられましたか。
こちら、私も読みました!
私の意見と彼女の意見とかなぶんさんの体験、かなぶんさんは、どんな風に感じられましたか。
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toshi-pooh123 at 2018-08-30 23:56
大学の同窓会誌。
そんなのあるんやぁ(^^;
本も読まないなぁ(^^;
そこら辺はこの歳になっても変わらないなぁ(^^;
そんなのあるんやぁ(^^;
本も読まないなぁ(^^;
そこら辺はこの歳になっても変わらないなぁ(^^;
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by
germanmed at 2018-08-31 05:38
> toshi-poohさん、こんにちは。
そっか、人文学部はやっぱり文系だから、読み書きが好きな人の集まりで、そういう会誌があるのかしら。
toshi-poohさん、めんどくさがりなの?
そっか、人文学部はやっぱり文系だから、読み書きが好きな人の集まりで、そういう会誌があるのかしら。
toshi-poohさん、めんどくさがりなの?
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at 2018-09-02 00:05
x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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by
germanmed at 2018-09-02 06:29
> 鍵コメKさん、はじめまして。
わあ、不思議なご縁が繋がりました。ネットって、これだから面白い。
今後ともよろしくお願いします!
わあ、不思議なご縁が繋がりました。ネットって、これだから面白い。
今後ともよろしくお願いします!