トンネルの向こう |
仕事を押し付けられた。
やってあげた。
言うべき事は感情抜きで、陰口ではなく本人に言うのが、私。
「本来は私の仕事じゃなかったのだからね」と静かに一言だけ。
突如その人は、怒鳴り喚き始めた。
理不尽な事は、沢山ある。
頭の中では解っているのに、
その度心はいつも、訳もなく深く傷付いた。
でも今回、傷付かなくなっている自分に気付き、自分でも驚いた。
私に喚き散らすしかないなんて、可哀想な人。
怒りも悲しみもなく、相手を見下す訳でもなく、本当に可哀想だと思った。
だから、言い返す気にもなれず、私はそのまま立ち去った。
先日、半年以上前の入院患者から突然、苦情の手紙を貰った。
その余りにも病的な内容に、罵られて腹が立つよりも先に心配になってしまった。
そういう事をしそうなタイプでもなかったのに、退院後に一体何があったのだろうか。
患者さんの疑問にちゃんと答えようと思うと、一日中喋りまくりになる。言葉の洪水。
私についている外国人実習生が、終業時に「頭痛がする」と言う位。
先週は、訳のわからない他所の医者と、電話でやり合った。
相手の機関銃のような喋りに、負けじと言い返している自分に気付いた。
それが、良くも悪くも、この荒波に揉まれた年月の成果なのか。
一年前の今日は、泣いていた。
ドイツに来て、もうすぐ十年。そういう事なのかな、と思います。
最初の頃は、無我夢中だった。目に見える進歩もあった。
ところが年数を重ね、進めば進む程、「○年経っても未だ・・・」という辛さが増した。
それがこの一箇月位で、すこんとトンネルを抜けた感じです。
ちょっと回想:
2007年11月「泣いて、また元気になった日」
2008年2月「外国人として」
2008年7月「不調な時に、お友達ごはん」「パンドラの小箱」
2008年11月「ぐらつきながら生きる」
2009年2月「口にしてしまった禁句」
2009年3月「2年間の重み」
今、トンネルの中で、もがきながら歩いている人達に言いたい。
心無い言葉に自分も悪態で返していたら、自分を汚してしまう。
憎しみは、よいものを何も生み出さない。
仕返しを考えている時の心の中は、へどろのよう。
「臥薪嘗胆」「悔しさをバネに」などというネガティヴなパワーで獲得したものは、やっぱり毒されている気がする。
だから、言うべき事は言うけれど、悔し涙をこぼす事もあるけれど、
大事なのは、そこに立ち止まらず、捨て置き、先へと歩き続ける事。
歩き続けさえすれば、いつか、きっとトンネルを抜ける。

病院全体から総すかんを食らい、たらい回しにされている高慢な実習生(外国の医学博士)を私が引き受けて、もうすぐ一箇月。
看護婦さん達が心配して、様子を訊いてくれた。
「大丈夫よ。いけない点は指摘したけれど、すぐ改めたし、私に対しては礼儀正しいし」
それを聞いた一人が、ふと黙って考え込んだ。
「そう言えば、くまさんにつくようになってから、あの実習生変わったんじゃない?私達にも挨拶するようになったよ」
「あ、ほんとだ。言われてみれば、最近にこやかに話し掛けてくる事があるねえ」
そう言われてみれば、石の様に無表情だった顔が、最近は時々輝く事があるな、と私も改めて気付いた。
これは、喜んでもいいよね。
追記:「良くも悪くも」の意味
私が「悪くも」と言うのは、これは一歩間違うと無神経、傲慢、横柄、感覚の麻痺・・・という方向に行ってしまいかねないから。そういう医者もごまんといる。
また、つらい経験を重ね、変にスレて底意地の悪くなる人もいる。
私が医者になる前の事です。
医者の書いた文章を読んでいたら、多くに共通する「嫌ーな不遜さ」というのがあった。
当時の私には、実際に「どの部分の、どの言葉が」というのを見つける事ができなかったので、私もそうなってしまったらどうしよう、と、心底怖くなった。
その恐れの気持ちは、今でも忘れずに大切にもっている。
でも、世の中には、理不尽な全くの言い掛かりというものがあって、
そういうものに一々傷付く事が「良い」という訳では決してない。
例えば、私はよその医者を攻撃・批判する事は絶対にしないし、投薬の間違いなどを見つけても責める事はしない。
明らかに過剰投与な場合は兎も角、私が「間違い」と思っている事にも何らかの理由があるのかも知れない。
そもそも医学には「唯一絶対の答え」というものがない場合が多いし、
例えば然るべき投薬がなされていないのにも、本当に忘れられた場合もあれば、理由があって故意に投薬されていない場合もある。
まずはそれを訊くのがフェアだし、それで本当に間違いと判ったら、双方合意の上で軌道修正したらよいだけの事。
医者同士が協力し合うのが、最終的に患者さんの為になるのだから。
私がした過ちを批判されたら、反省する。
自分が気付かなかった事を指摘してもらったら、本当に有難いと思う。
でも、反省のしようもない言い掛かり(例えばその苦情の手紙は、読んだ誰もが「正常な精神状態ではないね」という位病的で、事実の歪曲どころか、全く正反対の事をでっちあげてあったりした)というものもある。
たとえ単なる言い掛かりでも、罵りの言葉はやっぱり心に突き刺さる。
昔はそういうものにも、いちいち深く傷付いていた。
自分を名医に見せたいが為に、他の医者のする事を一から十まで「間違い」と貶す輩もいる。
そして、外国語というハンディキャップがあると、
頭ごなしに言われて、こちらの理由を全く聞いてもらえない事もある。
他所の医者に、電話で言いたい放題に言われて口もはさめず、後で号泣した事もあった。
私が「傷付かなくなった」「負けなくなった」と言っているのは、そういう場合の事です。
そして、「悪くも」の方に流れないようにという気持ちは、常にもっています。
「良くも悪くも」の意味が、これで解って頂けたかしら。
その実習生の方は外国で負けじとちょっと間違った方法で武装していたのかもしれませんね。同じ外国人の良いロールモデル(くまさん)に出会えて幸せですね。
心無い言葉に自分も悪態で返していたら、自分を汚してしまう…本当にそうですね。毎回自問自答してしまう自分がいます。
大事なのは、そこで立ち止まらず、捨て置き、前へ進むこと…
パッと、前が見えた気がしました。
尊敬できる素晴らしい人に出会ったときに、気持ちは晴れやかになりますね。私もいつかスコンとトンネルを抜けたい!
問題の実習生の彼も、くまさんのもとで、そのままよい方向に変わることができますように!

私は大学院生で、ドイツ滞在期間は約3年半(連続ではない)です。
くま様の留学日記も興味深く、先日ついに、完読に至りましたのでコメントさせていただきました。
励まされるエピソードがいくつもあり、ありがとうございました。
実習生の方のこと、いい話ですね。


少しご自分を買いかぶりすぎなのではないでしょうか? どうも自分ペースの日常で、この世の中にはいろいろな人間が共生しているということをお忘れになっているように思います。
そんな医者はダメですよ・・・自分の気持ちを抑えてでも相手を理解する気持ちがないと難しいと思います。
あなたのポリシーとか考えはわかります。でも それはあなたの考えであってすべての人に通用するものではないと思いますよ。最近の若者は いろいろですから 私も研修生をみていて同じことを感じていますが・・・心を仏にして指導していますよ
35年間、私の性格は、「臥薪嘗胆」そのものだったけど、なんだろう・・・最近弱い自分、ドンくさい自分もふくめて自分自身が認められるようになってきた気がして。。。でも、いいことなのか、どうなのかよくわからなくて・・・仕事も迷っています。結婚するときと同じくらい先行きを想定できない・・・迷っている日々です^^;

実は(あ、期待してませんか)「悔しさをバネに」ここまで着ました。
この5年間、怒り&悔しい思い出が90%を占めますが、その半分は対自分です。それを分かっていたから乗り越えた(中)今、自分には冷静、周囲にはポジティブに振舞えるのかな、と。
シビアな世界を生きているんだな、とつくづく感じますが、くまさんの本質的な強さがあってこそ乗り越えることが出来た10年、トンネルの向こうは青空か美しい雪景色なんてどうかな。。私は何だかトンネル掘ってる気がしますが、開通できるよう頑張ります。


今までだったら、人の経験や苦しみを、頭で判断して、よい悪いで
「裁いていた」ところがありました。でも、そこから先は、お互いの間
には何も産まれない…と。相手の立場になって考える、考えるというか
感じるということが、大切なんだな…と。苦しい思いはそこにこそ生きる
のかなー。悔しいという思いは宝物になっていくのかな…と。
強さと背中合わせの鈍感さ、傲慢さの怖さも、確かに感じます。
私はやっとこさ見えた感じなの。
今ふと思い出したのですが、私が実習生だった時、「自分が実習生だった時に大変で、その気持ちがわかるから庇ってあげる」という人は少数派で、大半は「自分が実習生だった時に大変だったから、同じ様に大変な思いをさせなければならない」と思い込んでいる人達で、とても悲しくなったものでした。
つらい体験から寛容を身に付ける人と、変にひねくれてエゴを強くする人がいます。後者にならないように、常に振り返っては自分を戒めています。
(それにしても、この実習生の態度は最初、凄かったのですよー笑)
blueblauさんの今のトンネル、凄ーくよくわかります。
黙ってやられている必要はないけれど、無理に自分まで同レベルに落としてやり返さなくてもいいのです。それが解らなくて、むきになって戦おうとした時期が、私にはあります。でも、そんなのに足止めを食らっていたら、自分が先に進めないし、何より自分の心まで汚れてしまうのに気付きました。
心無い人達はどうせ幸せにはなれないから、私が手を下さずとも、ひとりでに罰を受けるもの。だから、私は私の道を進めばいい。そう気付いてから、とても気持ちが楽になりました。
言いたい時には言って、泣けてしまう時には泣いて、引き続き頑張って下さいね。blueblauさんなら、きっとトンネルを抜けるまでやり遂げる事ができます。
美しいお菓子の世界の発展を、これからも楽しみにしています♪
今読むと赤面するような青さの話しなのですが・・・。いつも「恥ずかしいから、もういい加減に消そう」と思いつつ、でもそれを励みにしてくれる人もいるのなら残しておこうかと、揺れ動いています。
これからも、どうぞよろしくお願いします(「様」は身の置き所がなくなるので、おやめ下さいね)。
こういうコメントは、とても嬉しいです。またお気軽にどうぞ。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
あなたの仰る様に、私がダメな医者で自分を買いかぶりすぎているかどうかは、
私の患者さんや職場の人達が知っています。
正しい意味での批判なら歓迎ですが、まずはよくお読み下さいね。
迷いが出るのは、努力・自省している証拠なのだと思います。
そして、弱い自分もドンくさい自分も、全部ひっくるめて愛してあげて下さい♪
マミーさんは、凄く頑張っていらっしゃるもの。大丈夫ですよー。
何箇国もでの、それは大変な想いの5年間でしたね。
「強くなりたい」と思う反面、強さのネガティヴな面も身に染みてわかっていて、結局正解というものはないのだなあと思います。
N子さんのトンネルの向こうには、どんな美しいものが待っているでしょうね。


有難う♪
こういうのに傷付かなくなったのが進歩です(笑)。
そうね、そうよね。本当に迷いながらの暗中摸索。
つらい経験をする事に意義があるのではなくて、
つらい経験の後で如何に生きるか、ではないのかな、という気がしています。
有難うございます。そちらへ鍵コメでお邪魔しますね。

有難うございました!

教えを乞う立場から偉そうですが「昔こういう部分で苦労したから、ここは手を抜かずに頑張った方がいいよ」と具体的に助言をくれる技術者の先輩には感謝したものです。
とはいっても人によって得手不得手があるので、先輩がそこで苦労したからといって私も同じ部分で苦労するとは限らないのですけども^^
「修業時代は辛いものだ。だからあなたもそういうものだと思って辛い時代を乗り越えなさい」とただ言う先輩は信用しがたいです。
ただ、そう言いたくなる気持ちはわかる気がします。何かを人に教えるというのもまた、忍耐との戦いですから^^
理不尽なこと、世の中にたくさんあると思います。
人それぞれ考え方が違うのだからと一言で言ってしまっては話が終わってしまい、そのままそこで沈んでいくしかありませんが、相手の言動で受けた傷によって、今後はどのように対応していけるかを考えることは、人生の中でまたひとつ勉強させてもらったなぁと感じることの一つでもあります。
長々と失礼いたしました^^

そう、それなのです。
「自分は当時これを知らなくて損をしてしまったから、後輩には前もって教えてあげる」という人もいれば、「自分の時に誰も助けてくれなかったから、後輩も助けなしで同じ目にあうべきだ」という人もいますね。
私は、私が助けてあげる事で、その有難さを経験して欲しいな、そしてまたその後輩を助けてあげるような人になって欲しいな、と思います。
有難うございます。とっても嬉しいです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。


「言うべき事は感情抜きで、陰口ではなく本人に言うのが、私。」....私も同じ
私はトンネルを抜けるのにどくとるくまさんより長い時間が必要だった。
でもまだ課題は一杯ある。
「それは私が決める事です。」「私はそう思いません。」
などの私の言葉にキレて私を罵る人。
自分の優位性を示す為に私を貶める言葉を並べる人。
本当は仲良くしなくてはならない関係なのに。糸口すらつかめない。
でも明日も明後日も感情抜きで筋の通った話を続けるつもりです。
何故なら私も傷つかないから(良い意味です)。
勿論その時々の悩みや試行錯誤は続いているのですが、
何だか違うところに来たなぁ、という感じです。
山登りで森林限界を越えた感じ・稜線に出た感じとでも言いましょうか。
頑張って下さいね。
そうですねえ・・・。
押し付けられた仕事をやってあげたのに怒鳴られるのは割に合わないな、と思いました。はは。

きゃー、そんな、照れるわー。
嬉しいです。有難うございます。
鍵コメさんのブログは、中身が楽しいから、細かい事などどうでもよいのです。雑音にめげず、そのまま進んで下さいね。いつも楽しみに拝見しています。
最近、いろいろと落ち込むことがあって、うじうじしていたけど、この記事を読んで、もっとがんばろうと思えました。
ありがとうございます。
どくとるくまさんの文章は素敵だなあと改めて思いました。
励ましたい人がいて、この記事を書いたのですが、
私の表現力や言葉の選び方に問題があり、
外国人として苦しみ頑張っている人にしか通じないような部分が出来てしまい、
どうもネガティヴな印象になってしまったかな・・・と反省していたので、
そう言って頂けると、とても嬉しいです。
Hiさんも、無理なさらず。